お客が買うのはハンコではなく「信念」

ニッポンの

印章店
  いん      しょう      どう

印章/スタンプ/軽印刷の専門誌
 月刊 「現代印章」 2008年5月号に掲載


護印登龍 護印天女
「護印登龍」 「護印天女」

■古さこそ付加価値・・・
店に一歩足を踏み入れると、どこからか視線を感じる。思わず天井を見上げると、躍動する龍と、宙を舞う天女の姿が目に飛び込んでくる。これは印象堂の初代内山雅城氏の彫刻作品で、「護印登龍」、「護印天女」の名がつけられている。店を飾る作品はこれだけではなく、内山雅史社長(66)の彫刻作品をはじめ、名だたる芸術家たちの手によるものが飾られている。

内山社長は「看板や店が有名になってテレビで何度か紹介されました。今でも外国人がウチの店を写真に撮ったり、絵を描いたりする人もいるんです」と笑う。

近年では店の作りや古さが「お客を入りにくくさせているのではないか」と考え、オープンで明るい店へと改装する印章店が多い中、内山社長は言います。「古さこそ付加価値。一朝一夕で手に入りませんからね。彫刻も完成直後より、何年か経って味が出てくる」


■印象堂の特徴
創業は戦後間もなくの頃に建てられた木造の店で、長い年月でしか得られない深みと重厚感を醸し出しています。印象堂の特徴は、印相印です。全国的に印相が流行する昭和40年代後半より前から、初代の雅城氏、二代目の雅史氏にわたって印相の研究を続けてきました。

■印象堂 内山社長
内山社長は22歳で父の経営する印象堂に入店し、大阪の有名な技術者である、二葉一成氏や父から技術を教わりながら、印相や姓名判断など様々な分野の勉強を積み重ね、ハンコ職人でもある一方、篆刻で日展に何度も入選するなど、芸術家の一面も持っています。他にも、読売書法会理事、読売文化センター講師も務めています。

印象堂
「印象堂本店」

■印象堂の多店舗化
印象堂が多店舗展開を始めたのは、昭和50年。広告塔の役割として、梅田の地下街「阪急三番街」に支店を出しました。続けて、心斎橋にも出店。さらに、「日本の中心は東京」との考えから、新宿にも進出しました。

内山社長は多店舗化に際し、「スペースは小さくても、土地を買うことにこだわった」と話します。これは店を長く続けていくためです。印象堂はこれら支店以外にも、テナントとして百貨店などに3店舗を出店。現在では7店舗を社長自らの目が届く範囲で展開しています。


■お客様が買うもの・・・
印象堂では、「とにかく急ぎで実印が欲しい」というお客様よりも、「内山社長がおすすめのハンコが欲しい」と訪れる方が多いのが特徴です。お客様の多くは印象堂でハンコを買うことで、「心機一転頑張ろう!」と思っている方が多いのではないでしょうか?

これは、「ハンコを売ったのではなく、お客に安心や勇気を売ることができたから」と内山社長は語っています。

印象堂 内山社長
  「印象堂の店内」


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